臨床工学技士として働いていると、一度は頭をよぎる選択肢がある。「大学院に行くべきか」だ。
ただ、これは“勉強するかどうか”という軽い話じゃない。多くの人にとっては、安定した収入と、積み上げてきた現場のポジションを、一度手放す決断になる。
僕は、手放した。病院を休職し、生理学(循環器領域)の分野で研究をして、修士号を取った。結論から言うと——「条件付きでおすすめ」。きれいごと抜きで、何を失い、何を得たのかを正直に書いてみたい。
まず、何を“賭ける”ことになるのか
大学院に進むとき、いちばん重いのはお金でも時間でもなく、「同期が前に進んでいく中で、自分だけ立ち止まる」感覚だと思う。
同期は臨床経験を積み、年次が上がり、年収も少しずつ増えていく。その間、自分は収入が途切れた学生に戻る。この“機会損失”をどう捉えるかが、進学の最初のハードルだ。
僕も当然、迷った。それでも踏み切ったのは、「現場で使うだけの自分」から一歩抜け出したかったからだ。
進み方のリアル(休職2年+働きながら1年)
僕の場合はこうだった。いったん病院を休職して、2年間はフルタイムの学生として研究に専念。その後、現場に復職して、働きながら残りの1年で修了した。つまり、修了まで想定より時間がかかっている。
後半の「働きながら研究」は、正直かなりきつい。日中は現場で動き、夜や休みに論文と向き合う二重生活だ。そしてもう一つ誤算があった。指導教員側の事情も重なり、研究が思うように進まなかったこと。
これは進学前にいちばん知っておいてほしい点だ。研究は「自分が頑張れば終わる」ものばかりじゃない。装置・データ・人の事情——自分でコントロールできない変数が多い。だから、“予定どおりに終わらないこと”をあらかじめ織り込んでおくと、心が折れにくい。
お金のリアル(ほぼ自費・100万円を元手に)
費用は、ほぼ自費だった。働いていた時期にコツコツ貯めた100万円を元手にして、進学に踏み切った。
無利子の奨学金も借りた。でも正直に言うと——「もう少し借りておけばよかった」というのが本音だ。無利子で借りられるお金は、言い換えれば“金利ゼロの時間稼ぎ”。手元の現金を厚くしておく方が、生活にも研究にも、そして心にも余裕が出る。
収入が途切れる期間の生活は、想像以上に効いてくる。「全部自分の貯金で」と気負いすぎる必要はない。使える制度は、使えるだけ使っておく——これは進学してみて一番強く思ったことだ。
国際学会という転機(僕の英語の原点)
大学院で得たもののうち、いちばん“後で効いた”のが英語だった。
研究成果を、国際学会で発表する機会があった。母国語じゃない言語で、専門家を前に、自分の研究を説明し、質問に答える。逃げ場がない。だから、必死で英語を鍛えた。
当時は目の前のプレゼンを乗り切ることで精一杯だったけれど、今振り返ると、これが数年後に外資系メーカーへ進むための伏線になっていた。点が、後で線になる感覚だ。(英語の実際は外資系で働くリアルな英語(TOEIC675点からの実務)にも書いた)
行って、何が変わったか
お金も時間もかかった。それでも「行ってよかった」と言い切れる。理由は3つある。
① ものの考え方(問題解決能力)
現場では「そういうものだ」で流していた“なぜ”を、論理とデータで詰める訓練になった。原因を切り分け、仮説を立て、検証する——この思考のクセは、現場でもメーカーでも、ずっと使える。
② 英語とプレゼン力
前述の国際学会。完璧じゃなくても、専門領域の話なら英語で渡り合える、という自信は、ここで芽生えた。
③ 「臨床×研究」という希少な掛け合わせ
その後の医療機器メーカーへの転職で、修士という経歴は確かに効いた。現場を知っていて、かつ研究の作法もわかる人材は、思った以上に少ない。「現場しか知らない人」とも「研究しか知らない人」とも違う立ち位置が、価値になった。
進学を迷っている人へ(条件付きおすすめ)
その上で、僕のスタンスは「条件付きでおすすめ」だ。
おすすめできる人
- 進学の“目的”がある(研究したいテーマ、その先のキャリア像)
- お金の準備があり、使える奨学金・制度を調べている
- 研究が計画どおり進まないリスクを、あらかじめ受け入れられる
- 学んだことを“その後のキャリアに繋げる”気がある
慎重になった方がいい人
- 「なんとなく箔をつけたい」だけ
- 収入が途切れることへの備えがない
- 2〜3年、立ち止まる覚悟がまだない
逆に言えば、目的と準備さえあれば、大学院は“遠回りに見えて近道”になり得る。僕にとっては、お金と2年(+α)を投じるだけの価値が、確かにあった。
最後に
臨床工学技士のキャリアは、病院の中だけで完結しなくていい。大学院という寄り道は、僕に「論理的に考える力」「英語」「臨床×研究の掛け合わせ」という、後で効いてくる武器をくれた。
もし今、同じ場所で迷っている人がいたら——失うものも正直あるけれど、目的とお金の算段さえ立つなら、行ってみる価値はあると思う。あの2年は、遠回りに見えて、確かに今につながっている。
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臨床工学技士として急性期医療の現場を経験後、大学院(生理学)で修士号を取得。日系・外資系の医療機器メーカーへ転身し、現在は外資系医療機器メーカーでClinical Educationを担当。医療職の視点で「現場のリアル」と「お金・キャリアの守り方」を発信しています。
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