透析室には、独特のリズムがある。朝、患者さんが来る前に、ずらりと並んだ透析装置を一台ずつ立ち上げていく。プライミング、点検、アラームの確認。あの一連の作業を、私は臨床工学技士として、来る日も来る日も繰り返していた。
そのとき毎日触っていた装置のメーカーが、日機装(6376)だ。国内の透析装置シェアは5割を超える。透析に関わる医療者なら「ああ、あのメーカーね」と即座にわかる、現場では超メジャーな会社だ。
今日はその日機装を、投資の視点で見てみたい。ただし——「現場で毎日使ってたから、きっといい会社=いい投資先だろう」。その直感こそが、医療機器株でいちばんハマりやすい落とし穴だという話をしたい。投資判断の結論よりも、“見方”の話だ。
日機装とは何者か——実は「透析の会社」ではない
まず意外な事実から。日機装は医療機器の会社だと思われがちだが、売上の内訳を見ると印象が変わる。
| 事業セグメント | 売上構成比(概算) | 主な中身 |
|---|---|---|
| インダストリアル | 約63% | LNG・産業ガス向け特殊ポンプ 等 |
| 航空宇宙 | — | 航空機エンジン部品「カスケード」世界シェア9割超 |
| メディカル | 約37% | 透析装置(国内シェア5割超・世界2割超) |
そう、透析は売上の3分の1ほど。会社の主役はむしろ、LNGプラント向けの特殊ポンプと、航空機部品なのだ。どちらも世界で戦うニッチトップ。「選択と集中」で事業を磨いてきた、知る人ぞ知るグローバルニッチトップ企業である。
現場の私にとっては「透析装置の会社」でも、株式市場から見ると「産業ポンプと航空部品の会社で、ついでに透析もやっている」——この認識のズレが、今日の本題だ。
“現場の常識”が通じない瞬間
医療者がやりがちな投資がある。「自分が現場で毎日使っている、信頼している機器のメーカーだから買う」というものだ。気持ちはすごくわかる。使い込んだ道具への信頼は本物だから。
でも、ここに落とし穴がある。
日機装の2026年の業績は好調だ(会社予想で売上は前年比+15%前後、最終利益も二桁の増益、増配も発表されている)。でも、その好調を牽引しているのは——LNGと航空機だ。透析ではない。
つまり、透析現場でどれだけ「日機装の装置は良い」と感じても、その実感は株価を動かす主因と、必ずしも直結しない。株価を動かすのは、エネルギー市況だったり、航空機の生産回復だったりする。私たちが現場で持っている“確かな知識”は、この会社の株に関しては、全体の3分の1ぶんの解像度でしかない。
これは前回書いた「医療機器株は『承認』で買うな」と同じ構造だ。現場の常識と、株式市場で効く論理は、しばしばズレる。“使う側の目線”と“株価を動かす要因”は、別物なのだ。
それでも、透析事業をどう読むか
とはいえ、透析事業がダメという話ではない。むしろ、現場を知っているからこそ言える強みもある。
- 国内シェア5割超:一度入った装置はそう簡単に入れ替わらない(習熟・保守・消耗品の囲い込み)
- 患者数の底堅さ:高齢化と生活習慣病で、透析を必要とする人は急には減らない
- 消耗品とセットの安定収益:装置本体だけでなく、ダイアライザーや回路などの継続需要
一方で、注意すべき構造もある。
- 診療報酬の抑制:透析は医療費に占める割合が大きく、国は点数を抑える方向。単価は上がりにくい
- だから「患者数が増える=売上が青天井」ではない。更新需要と海外展開が成長の鍵になる
現場で装置を触っていた人間からすると、「国内でシェアを取り切った後、どこで伸びるのか」という問いは、肌感覚で理解できる。だからこそ、透析単体を過大評価しない目も持てる。
現在地(基本情報)
| 項目 | 内容(2026年10月 調査時点・概算) |
|---|---|
| 証券コード / 市場 | 6376 / 東証プライム(精密機器) |
| 事業構成 | インダストリアル約63% / 航空宇宙 / メディカル約37% |
| 売上(2026年12月期 会社予想) | 約2,477億円(前年比+約15%) |
| 利益(同) | 営業利益 前年比+約28% / 最終利益+約15% |
| 配当 | 60円(前期比+20円)・予想利回り1%台後半 |
| 予想PER | 15倍前後(割安とされる水準) |
※数字は調査時点の会社予想・概算です。投資判断の前に、必ず最新のIR・決算短信をご自身で確認してください。
リスクと課題
- 株価が「医療以外」で動く:LNG市況・航空機生産・海外景気・為替の影響が大きい。透析が好調でも株価が冴えないことはあり得る
- 診療報酬改定リスク:透析の点数抑制が続けば、国内メディカルの収益は伸びにくい
- コングロマリット特有の分かりにくさ:3事業それぞれの好不調が混ざり、「何で動いているのか」が読みにくい
- 「現場で信頼している」という感情バイアス:使い慣れた機器への愛着が、冷静な評価を曇らせることがある
最後に——「使う側」と「買う側」は、立っている場所が違う
透析室で装置を立ち上げていた頃、私はあの機械の信頼性を、体で知っていた。アラーム一つの意味も、保守のクセも、現場の肌感として染み込んでいた。
でも、その“現場の知識”は、株を買うときにはそのまま使えない。むしろ、「知ってるから大丈夫」という油断に化けることすらある。日機装は、まさにそれを教えてくれる会社だ。現場では透析の雄、でも株としては産業ポンプと航空機の会社。
医療の現場で培った知識は、間違いなく武器になる。ただし、それを投資に持ち込むときは、“どの立ち位置から見ているか”を一度立ち止まって確かめたい。使う側の実感と、株価を動かす現実。その二つの地図を重ねられたとき、はじめて現場経験は本物の強みになる。
次に、自分が現場で信頼している機器のメーカーを「買おうかな」と思ったら——その会社の売上の内訳を、まず開いてみてほしい。
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臨床工学技士として急性期医療の現場を経験し、現在は医療業界に身を置きながら投資・資産形成を実践。医療職の視点で「現場のリアル」と「お金の守り方」を発信しています。

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